音楽が好きだけど、一度もロックフェスティバルに行ったことがない。散漫で、賑やかで、暑くて、埃っぽくて、家からも遠いから。若い頃はバンドをしていて、音楽もロックばかり聴いていた人間としては、情熱がないように見える。でも、それは好みではなく性格のせいだから、理解してほしい。そして最近、会社で自分と同じくらい音楽が好きな友達とランチをすることになった。
‘今日は、その日だよ。’
今日は何の日だったっけ?
ペンタポートロックフェスティバルのチケットがオープンする日だってば
コロナのせいでオフライン開催ができず、昨年から再開したところ、歴代最多の参加者があったそうだ。そして、今日今年のチケットがオープンするって。どうやってこんな情報を手に入れるんだろう?
‘音楽が好きだって言いながら、こんな情報を知らないのはおかしいよ?’
そう言われた。とにかく、競争が激しいと言うので協力したくて一緒にチケット購入に参加したが、あっさり二人とも失敗。数日後、少し値上がりして二度目のオープンがあったが、一度失敗したからかかなり緊張して挑んだ結果、購入に成功。もちろん、友達も成功した。どうやら二度目のオープンは失敗することがなかったらしい。(かなりの枚数がオープンされたとのこと)
そんなこんなで初めて参加することになったフェスティバルについて思い出すままに書いてみると、とにかく暑かった。夏が暑いのは当たり前だけど、こんなに太陽が照りつける真昼に、それを感じながら半日立っているのは – 軍隊を除けば – 生まれて初めてだった。影もない。元々公園には影が少ないけど、ちょっとあってもそれは自分の影ではない。小さな影も誰かの体や頭がすでに占領している。しかも、日が沈んでも暑い。これでは地球温暖化が限界まで来ているんじゃないかと思うほど。そして、人がものすごく多い。彼らがステージ間を行き来しながら巻き上げる埃を空気のように吸わなければならない。服やバッグ、靴など、埃が積もらないと思われる小さな面積まで全てに埃が積もる。
その中で何かを食べようとすると、アプリで注文して受け取らなければならないが、受け取っても座る場所がない。人々がまるで学校の図書館の席を取るようにテーブルを確保しているからだ。バッグで場所を取っているのは認めるとしても、食べ終わったキムチ巻き麺の器で場所を取っている人は、最後まで待ってから来るなら、隣に膝で突きたいくらいだった。
加えて、家に帰るのが不便だ。インチョンとソウルは非常に離れているから。地下鉄やバスがあるけど、ミッドナイトステージが終わる時間にはどちらも利用できない。特別なシャトルバスがあるけど、みんなそれに乗るので大混乱だ。
デメリットばかり話したみたいだけど、それでもその中にはロマンがあり、音楽がある。そして、音楽を愛する人々でいっぱいだ。自分だけが好きだと思っていたバンドの公演で大合唱している人々に出会ったときの感動は知っている人だけがわかる。顔も知らない人たちだけど、兄弟姉妹のようで、子供のようで、遺産でも残してあげたいくらいだ。(何も持ってないけど)
公演はすべてとても良かった。みんな全力で演奏し、観客は全身で反応した。太陽が眩しくて目も開けられない真昼に人々を狂わせたシリカゲルは、これからが楽しみなグループだったし、観客を手のひらで操ったチャン・ギハはヘッドライナーとしても申し分なかった。観客と一心同体となって演奏したエルレガーデン(ロックフェスでアンコールを初めて見た)やヒット曲メドレーのようにすべて回ったストロークスは、誠実にヘッドライナーの役割を果たした。ミッドナイトランナーだったニュージンズのプロデューサー250も思ったより反応が良く、一緒に公演を見ていた音楽記者の友達が『あのアルバム<ポン>が今年の韓国大衆音楽賞を受賞したってさ』と言っていたのを思い出す。でも、何よりも私の記憶に絵のように残っている公演は、ザ・ブラックスカートだった。

私はその時、ステージの後ろの丘で鑑賞していた。日は沈みかけていたが、周囲の空気は依然として真昼そのままだった。『ロックフェスにしてはちょっと音楽が弱いんじゃない?』と思っていた時、突然風が静かに吹き始めた。ジョ・ヒュイルがEverythingという曲を歌い始め、クライマックスの部分で花火の音と共に紙吹雪が空を満たした。周囲の空間は止まり、ただ紙吹雪だけが風に舞っていた。風は涼しく、ステージ前は夢のようで、彼のファルセットが周囲に満ちていた。私はそっと目を閉じた。そして、この瞬間を死ぬまで忘れられないだろうと思った。