仕事場のビルには、コーヒーアウトレットが2つ付いた大きなネスプレッソマシンがあって、到着すると一番先にそのマシンの前に立つのが儀式のようになっている。カプセルをインレットに押し込んでボタンを押すと、すぐに騒々しい音とともにコーヒーの香りが周囲に広がるんだ。これがちょっと不思議な感じ。工事現場の隣でほんのりライラックの香りを嗅いでいる感じかな?
コーヒーが滴り始めると、マシンの轟音も少しずつ和らいでいく。いつも感心するのはその後だ。コーヒーの最後の一滴が落ちる瞬間にマシンのモーター音も一緒に止まるんだ。まるで世界が終わったかのように。音が止まってから滴りが止まるのかもしれないし、音が止まったからもう滴り落ちないのかもしれない。(まあ、それは重要じゃないけど)
音は消え、香りは残る。
まるで肉体は消えても、記憶は残っているように。
家にも古いネスプレッソマシンがあるけれど、サイズは小さいけど、コーヒーを抽出する時の音は仕事場のマシンに全然負けていない。10年以上使っているから壊れてもおかしくないけど、まだまだ頑固な老人バリスタのようにそれなりにコーヒーを淹れてくれている。もちろん、モーター音と最後の一滴は別物だけど…(最初からそうだった)
個人的にコーヒーの香りは好きだけど、飲んで美味しいと思ったことはあまりない。むしろ苦いと感じるんだ。時代劇で見ると、サヤクはコーヒーと色も似ていて、味もかなり似ているかもしれない。サヤクを前にした罪人たちはほとんどしかめっ面だったようだけど、もしコーヒーの香りのサヤクがあったら、処刑場の光景はかなり変わっていたかもしれないね。

ああ.. 香り高いね
なんて言いながら、罪人は楽しかった時間や愛した人を思い浮かべるかもしれない。見物人たちはそんな死刑囚を見て「彼の恋人がここにいたらどんなに良いだろう?」って思うだろうね。人生の最後に本当の幸せを感じた死刑囚は、それでも良い人生だったと思いながら – 苦いコーヒーを飲み干した時のように – ほんの少ししかめた微笑を浮かべて死亡。なんだか優雅でしょ?罪人に平穏に死ぬ機会を与えるのが良いことかどうかは分からないけど、死ぬ直前だからそのくらいの配慮は良いんじゃないかな?(ナムアミダブツ)
それはそうと、コーヒーが美味しいってどういうことなのかちょっと知りたい。ただの見栄じゃない?違うならいいけど。
