ミナリ

この記事には映画『ミナリ』のネタバレが含まれています。


雨が降り、窓を開けると久しぶりに涼しい風が吹き込んできた。エアコンを消して風を感じながら、リビングのソファに座ってビールを飲んだ。そして、「見なきゃ」と思っているうちに、いつの間にか数ヶ月が経ってしまった『ミナリ』を観ることにした。ビールを飲みながら映画を見る。これこそ大人の昼下がりの最高の楽しみだ。🍺アカデミー賞受賞作とビールの組み合わせなんて、子供たちには考えられないだろう。(少なくとも未成年はお酒を飲めないからね)

スティーブ・ユンとハン・イェリが広い野原にある車輪付きの家の前に立っているシーンで映画は始まる。舞台はアーカンソー州だけど、実際の撮影はオクラホマで行われたそうだ。ストーリーは穏やかに進行するが、退屈に感じることはない。
スティーブ・ユンは韓国語がとても上手というわけではなさそうなのに、発音は結構良かった。私も日本語がそうだと言われたことがある。その言葉を聞いて、褒められているのかどうか迷った記憶がある。スティーブ・ユンの韓国語は褒めるほどでも、非難するほどでもない、ちょうどその程度だった。私の日本語もそうだっただろう。でも、ダニエル・デイ・キム(アメリカのドラマ『LOST』のキム役)くらいの韓国語スキルだったら、この映画は成功しなかったかもしれない。

この映画は実際にあり得る話だ。実際、すべての映画はあり得る話なのだろう。しかし、この映画はそんなすべての映画の中で最もあり得る話ではないかと思う。生きることは重いものだ。世界のすべての生物が生きているが、考える能力を持っているおかげで人間の人生は苦しみの連続だ。未来への悩みで現在を楽しめず、相対的な比較で現在に満足できず、家族への責任感で現在に留まれない。💭

主人公のジェイコブ(スティーブ・ユン役)もモニカ(ハン・イェリ役)も、家族を守りたいというそれぞれの方法があり、その本質による共感と方法の違いによる葛藤が物語を支える大きな柱となる。誰も非難できない本質を内包した葛藤は、見る者を切なくさせずにはいられない。そんな理由で観客はごく普通の出来事である子供の回復に歓喜し、彼が初めて走る姿にカタルシスを感じる。🏃‍♂️

この映画は実際に進行が少し曖昧だ。劇的な展開を求めて納屋に火をつけたことで、むしろ中盤まで引っ張ってきた「あり得る話作戦」を失敗させたのではないか?すべての希望をゴミ箱に捨てるようなそのシーンの後、彼らの生活が特に説明もなく再び飛躍的に普通になってしまう姿は自然ではない。そして、それが少し残念だった。納屋がそのままで、彼と彼女の葛藤が何らかの形で解決され、来週から野菜が納品され、祖母の脳卒中が進行するという退屈な展開でも良かったかもしれない。そんな映画も必要だ。もちろん監督は納屋の火事で彼と彼女の葛藤が劇的に解決するきっかけを作りたかったのかもしれないが、そのおかげで観客は物語の中心が急に引き裂かれたような結末を受け取ることになった。🔥

受賞した映画が面白さを追求しないのは非常に一般的なクリシェだが、それでもいつもそういった映画に触れるたびに感じるのは「受賞する理由はあるんだな」ということだった。『ミナリ』もそうだった。特徴がないように見えて、私の胸をじわっと押し続けた映画、『ミナリ』をお勧めする。🎬


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