
一緒に働く友達と一昨年のこの時期に注文津へワークショップに行った。
出発の日までプロジェクトに追われていて、みんな車に乗り込んで建物の駐車場を出るまで実感が湧かないと言っていた。もちろん私もそうだった。時間が経ち、陽陽高速道路を走る車の中で酔っていると、ようやく「遠くに行くんだな」と思った。
大関嶺にトンネルができてから、ソウルから江陵までは全速力で行けば2時間もかからない。子供の頃、ひどく酔っていた私にとって、くねくねと登らなければならなかった九十九曲がりの大関嶺峠は人生初の試練だった。その道に入ると、地球に帰還する宇宙船の乗組員のように、後部座席で目をつむり、慣性の法則に身を任せて、海上帰還の瞬間だけを待っていた。そんな感じでどれくらい登ったかわからないまま、誰もがしばし休憩する大関嶺サービスエリアに到着する。そこに着いて車のドアを開けると、四季を問わず冷たい風が吹き込んできた。まだ夢を見ているような状態で風の音に誘われてふらふらと歩き出し、対面した江陵と東海の絶景は、今でも目を閉じれば昨日のように思い浮かぶことがある。でも、今では苦しかった船酔いや華麗な風景はトンネルと共に人生の後ろに隠れてしまった。人生はそんなことの連続だ。
午後7時過ぎに到着した注文津はすでに周囲が真っ暗で、近くの宿を見つけるのも時間がかかった。荷物を適当に下ろし、先に到着していた友達が見つけた蟹の店にゆっくりとおしゃべりしながら歩いて行った。薄暗い古い道を歩いて注文津港の方に行くと、干物を売る店が見えてくる。
「あそこだよ。」
指で指す方を見ると蟹の店があり、その隣には海が見えた。
「海を最後に見たのはいつだっけ?」
突然思い出せなかった。それに、大関嶺を最後に越えたのも思い出せない。海はこれからもかなり見ることになるだろうが、大関嶺はもしかしたら死ぬまで再び見るのは難しいかもしれない。まるで別れた彼女のように。
「あの向こうには『ゴブリン(ドラマ)』に出てきた灯台もあるよ。今は暗くて見えないけど、明日の朝に行ってみよう。」
会社じゃなければ、『ゴブリン』に出てきた灯台じゃなくても、ゴブリンが出てくる灯台でも良かった。私たちはお腹いっぱい蟹を食べて、宿に戻って朝の4時までお酒を飲み、朝早く起きて昨日話していた灯台の前のカフェでコーヒーを飲んだ。海側に開かれた窓から差し込む日差しを浴びながら、誰に言うわけでもなく「暖かいのを見るとまだ冬じゃないね。ね?」とつぶやいた。
「カフェの中だから暖かいんだよ。」
誰かが答え、私は「君に聞いたわけじゃない!」と心の中で言った。